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アンチエイジング・ゲノム! VOL.3

八谷 剛 Tsuyoshi Hachiya
株式会社ゲノムアナリティクスジャパン代表取締役

ゲノム研究から わかってきたこと

ヒトゲノムが2003年に解読されてから約15年が経過し,今は個人ゲノム時代に突入しました。世界初のヒトゲノムを決定するための費用は約30億ドルで,ロンドンにある最も高価な邸宅が買える値段だったそうです。以降,ヒトゲノムの測定に必要な費用は急速に 安くなり,2019年時点で約1,000ドルです。  

個人ゲノム時代においては,個々人の遺伝的な違いを解釈し,疾病予防や健康作り,アンチエイジングに役立てることが期待されています。しかしながら,ゲノム情報=デオキシリ ボ核酸(DNA)配列を安価に測定できる現在においても,ゲノム情報の意味を解釈する=Deciphering Nature’s Alphabet(DNA)は容易ではありません。本稿では,がんや循環器疾患な どの多因子疾患について,ゲノム研究 からわかってきたことを紹介したいと思います。

多因子疾患は,遺伝要因と環境要因の両方が発症に寄与する病気です。多因子疾患の発症と関連する遺伝子領域を探索すると,いくつかの例外を除いて,疾病発症に強い影響を及ぼす遺伝子領域はみつかりません。一方で,弱い影響を及ぼす遺伝子領域が疾病ごとに数十〜数百個もみつかります。多数の遺伝子領域の弱い影響が積み重なって,疾病を発症しやすいか・しにくいかの個人差を決めているとわかってきました。

大規模化するゲノム研究

疾病発症と関連する遺伝子領域をたくさんみつけるために,ゲノム研究はどんどん大規模化しています。2010年頃の論文では1,000例を用いた研究が大規模といわれていましたが,2015年頃には数万例,2019年現在では数十万例のデータを解析したゲノム研究が 次々に報告されています。この大規模化のトレンドはしばらく続くと考えられます。2025年頃には数百万例,さらには数千万例の研究も珍しくなくなっていると思います。  

大規模なゲノム研究の利点は,統計学的な検出力が高いことです。大規模なゲノム研究ほど,より弱い影響を及ぼす遺伝子領域をみつけることができます。数十万例を用いたゲノム研究では,リスクアリルの保有者と非保有者を比べてオッズ比が1.1を下回るような,とても弱い影響を及ぼす遺伝子領域もみつけられるようになりました。  しかし,そのような弱い影響を及ぼす遺伝子領域をみつけることに,どのような意義があるのでしょうか?

チリも積もれば山となる

1つひとつの遺伝子領域の影響は弱くても,多数の遺伝子領域の影響が積み重なれば,とても大きな影響を及ぼすと考えられます。このように,「チリも積もれば山となる」という考え方で,多数の遺伝子領域の影響を足し合わせて,遺伝的スコアを計算します。すると,遺伝的スコアと疾病発症はとても強く相関することがわかってきました。たとえば,UKバイオバンク約30万例のデータから,虚血性心疾患の遺伝的スコアが高い群(地域一般集団の 8%の方が該当)はそうでない群に比べ,虚血性心疾患の発症リスクが3倍高いと報告されました1)。JACC研究によると,虚血性心疾患発症をエンドポイントとしたとき,高血圧ありのハザード比(HR)は男性1.63,女性1.70,喫煙のHRは男性1.95,女性2.45,糖尿病ありのHRは男性1.49,女性2.08でした2)。

集団が違うので一概にはHRを比較できませんが,遺伝的スコア高値群であることは,高血圧,喫煙,糖尿病といった循環器リスク因子と同様に,疾病予防や健康作りに役立つ情 報といえそうです。  

遺伝的スコアは疾患ごとに計算することができるので,ある個人に着目すると,虚血性心疾患の遺伝的スコアは高いけれど,大腸がんの遺伝的スコアは低い,などのように,特に予防に気をつけるべき疾患がわかると期待しています。

このように,多数の遺伝子領域の影響を足し合わせて計算された遺伝的スコアのことを,ポリジェニックリスクスコアと呼びます。ポリジェニックリスクスコアは,ゲノム情報に基づく次世代型予防医療の中心的な技術だといわれています。詳しく知りたい方は,著名な遺伝統計学者が解説しているわかりやすい動画がありますので,URLをご紹介します3)。私も少しだけ登場します。

ポリジェニックリスクスコア 研究の課題

ポリジェニックリスクスコアは魅力的な遺伝的リスク評価法ですが,実際に社会のなかで疾病予防や健康作りに役立てるためには,いくつかの課題が残されています。

そのうちの一つを紹介します。ポリジェニックリスクスコアは,手法の性質上,研究対象者の遺伝的背景(人 種)を層別化して計算します。そのため,UKバイオバンクなど,海外の大規模ゲノム研究から得られたエビデンスを,日本人に当てはめることができません。日本人に適したポリジェニックリスクスコアの計算方法やエビデンスは,日本人(または東アジア人)のデータを用いて行わなければなりません。日本人のデータを用いたポリジェ ニックリスクスコアのエビデンスもいくつか報告されています4)が,海外のほうが進んでいます。

ゲノム研究から社会を アップデートする!

大規模化するゲノム研究において,多くの市民にゲノム研究に参加いただくこと,集積されたデータから社会に役立つ研究成果を産み出すこと,そして研究成果を市民に還元すること,このエコシステムが重要になってきました。米国では,民間の遺伝子検査会社が4,000万例もの市民のゲノムデータを保有しているそうです。この民間のデータは大規模ゲノム研究に活用されはじめました。市民の方にメリットを還元しながら,ゲノム研究を行えるプラットフォームが日本にも必要だと感じています。  

最近,次世代ヘルスケア・システムのデータ基盤として,政府が検討して いるPeOPLe(Person centered Open PLatform for wellbeing)の話を聞きました。「ピープル」と読むようです。 PeOPleでは,電子カルテ,健診データ,医療・介護のレセプトデータなど,病院や自治体に散らばっているデータを一元化して,市民1人ひとりのデータを縦断的に閲覧できるようになるそうです。市民にとっては,転職しても昔の健診データと今の健診データを比較できるなどの利点が考えられます。さらには,さまざまな医療データが個人に紐づけられるので,自身のデータをダウンロードして,外部のWebサービスにアップロードすることで,どのような健康作りをしたらよいかアドバイスを受け取る,そんな時代がくるか もしれません。  

自分自身のデータを自らが管理し,利用する。このような考え方は,これからの疾病予防,健康作り,そしてアンチエイジングのあり方に大きな変化をもたらすと思います。日本抗加齢医学会では,理事長である堀江重郎先生を中心に,学会員から広く希望者を募り,学会員自身のゲノム情報,生体情報,バイオマーカー,画像診断,加齢指標などを組み合わせた「ゲノム・アンチエイジング・コンソーシアム」を立ち上げると聞いています。このよう な市民参加型のゲノム研究プラットフォームは,日本がデータ駆動型社会=Society 5.0へアップデートされるのを先取り体験させてくれるかもしれません。これからのゲノム研究には,市民の協力と,社会のアップデートが必要不可欠です。学会員の皆さんと一緒に,ゲノム研究を通じて,社会をアップデートしてゆけたら幸いです。

●文 献

1)Khera AV, Chaffin M, Aragam KG, et al. Genome-wide polygenic scores for common diseases identify individuals with risk equivalent to monogenic mutations. Nat Genet. 2018;50: 1219-24.

2)Matsunaga M, Yatsuya H, Iso H, et al. Similarities and differences between coronary heart disease and stroke in the associations with cardiovascular risk factors: The Japan Collaborative Cohort Study. Atherosclerosis. 2017; 261:124-30.

3)https://jp.illumina.com/destination/s/simplified-risk-assessment.html

4)Hachiya T, Kamatani Y, Takahashi A, et al. Genetic Predisposition to Ischemic Stroke: A Polygenic Risk Score. Stroke. 2017;48:253-8.

※この内容は、2019年12月発売の「アンチエイジング医学 2019年12月号(Vol.15 No.6)」に掲載されたものです。
学会誌をぜひお読みください。
https://www.m-review.co.jp/magazine/detail/J0038_1506

なお、日本抗加齢医学会会員の方には、学会誌(年6回発行)を全てお届けしております。

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