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第19回日本抗加齢医学会総会 理事長提言「アンチエイジングのエビデンスを探そう!

堀江 重郎理事長(順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科学 教授)

6月14日、第19回日本抗加齢医学会総会において堀江 重郎理事長(順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科学 教授)の理事長提言が「アンチエイジングのエビデンスを探そう!」と題して行われた。座長は赤澤 純代氏(金沢医科大学総合内科学講座/金沢医科大学集学的医療部女性総合医療センター)

【要旨】

今年4月に、ヨーロッパでの国際的なアンチエイジングの学会があり参加してきた。その会場に行くタクシーの中で女性の運転手が「どうして日本人の女性は肌が白くてきれいなのか?秘密を知りたい。アンチエイジングに非常に興味がある」と聞いてきた。日本人は世界的に見ても、非常に若く見られ、それを世界中の人が羨ましがる。しかも、平均寿命が世界で最も長い国の一つ。その要因は環境、食事、遺伝子の3つではないかと考える。今日はその中で遺伝子について話してみたい。

遺伝子は活性酸素などの酸化ストレス、たばこやPM2.5等の微粒子、紫外線、さらには喫煙、飲酒などによって傷つけられることがわかっている。これらによって遺伝子が障害を受け、老化に繋がってくる。酸化反応はいわゆる錆びるということで、これが体内の様々なところで起こっているということは、この学会でも数多くディスカッションされてきた。

遺伝子に活性酸素が働き酸化することで、例えばAGCTの塩基のうちのたった1つが別の塩基に変わってしまう。ここから遺伝子異常に繋がってくる。この、遺伝子異常が積み重なることでがんの発症リスクも増加する。

細胞分裂1回で通常1/100万の確率で遺伝子コピーの異常が起きるが、それよりも多い確率で異常が起こってくると、疾患に繋がってくる。さらに、生存期間が長くなればなるほどこの遺伝子のコピー異常の発生頻度が上がってくる。つまり、生きている時間が長ければ長いほど遺伝子にとってはマイナスとなる。

しかし、遺伝子は受精した瞬間に一旦リセットされる。これはiPS細胞と同じ理屈であるが、ただし完全には元には戻らないとも言われている。

ウィスコンシン州の有名な猿を使った実験では、カロリー制限をした猿の方が見た目が若々しいということがわかっている。これにはサーチュインという遺伝子が関わっている。

遺伝子が転写される時には、しめ縄のように巻かれている遺伝子が一旦ほどかれて伸びる。この伸びた時に、紫外線や毒物の影響でダメージを受けやすい。サーチュイン遺伝子は伸びた遺伝子を締め直す時にそのダメージを修復してくれる働きをする。

人とチンパンジーの遺伝子は98%同じと言われているが、その残り2%の違いで多くの事が違ってくる。人の起源や変化の歴史も、化石の遺伝子解析からわかってきているが、同じ人間でもヨーロッパ人とアジア人を比べるとかなりの違いがある。同じ日本人でも沖縄や九州、北海道等、地方によってもかなり違っている。

ここで注目されるのが一塩基遺伝子多型(SNP : Single Nucleotide Polymorphism)である。たった1つの塩基の違いで、体質等に大きく関係してくることがわかってきた。これは薬の効果や副作用にも関係してくる。

現在、男性のがんで一番多くなったのが前立腺がん。実はこの前立腺がんになりやすいかどうかもSNPを調べることでわかる。日本人男性の約3%は、前立腺がんの発生リスクが3倍あることがわかっている。

アイスランドでは、国民のほとんどが自分自身の遺伝子の情報を持っている。国民に対して遺伝子診断の結果として「あなたにはこういう疾病のリスクがある」という事を情報として提供している。個人個人の身体は、生活習慣や環境、遺伝子がいろいろな割合で関係している

加齢の疾患と言われている、例えば黄斑変性症や潰瘍性大腸炎、Ⅱ型糖尿病、肥満、認知症、パーキンソン病等の疾患と関係する遺伝子が、すでにある程度分かってきている。これは、GWAS(Genome-Wide Association Study:ゲノムワイド解析)と呼ばれる、SNPを数十万カ所にわたって網羅的に調べて体質や疾患リスクとの関係を統計的に導く方法によって、染色体のどこが疾患と関係しているのかがわかってきたからだ。先ほどのサーチュイン遺伝子も遺伝子多型によってそれぞれの平均年齢が違うということが分かってきており、長寿の人には特定のサーチュインの多型が見られる。

日本で平均寿命が長い県は滋賀県や長野県、福井県等で、特にこれらの地域は鮒ずしに代表される発酵食品を食べているからではないかとも言われている。一方で短命県は秋田県や青森県、岩手県、和歌山県等で、生活習慣や環境の違いもあるが、こういった平均寿命の違いは遺伝子が関係している可能性もある。

20年前では1人のシークエンスをするのに100億円という膨大な費用がかかったが、現在では10万円程度でできるようになった。20年前に遺伝子を調べた人は部分的なものも含めて約33万人だったのが、現在は約2500万人の人がDNA検査をおこなっているといわれている。

既に、パーソナルゲノムの時代に入っており、例えば薬を選ぶときに遺伝子多型や様々なデータから「この薬はあなたに合います」「この薬ではあなたには副作用が出る可能性があります」「あなたにはこの薬では将来腎障害が出る可能性があります」といったアドバイスが出来るようになる。現在は、世界中でゲノムを調べていく事が爆発的に起こっている。

ホールゲノムシークエンスでは身体的な特徴や性格もほぼ分かってくる。例えば声や顔なども膨大なデータから、かなり近いものを予測できるようになっている。

欧米の人は顔のひさしが出ている人が多いが、日本人はひさしがはっきりしない。ヨーロッパ人の方がよりネアンデルタール人に近く、アジア人はそれよりも進化している人種といえるかもしれない。一方で、男性ホルモンの1つであるテストステロンはヨーロッパの方が高い。テストステロンが高いと顔のひさしも高くなる傾向がある。

このテストステロンの分泌も冒険性や社会性に影響する。日本人が気配り社会のというのも、テストステロンの分泌が近い人たちで形成された文化といえるのかもしれない。

見た目が若い人は長生きするという研究がある。実は、見た目が若い人はテロメアも長いということがわかっている。このテロメアは年齢とともに短くなってくるが、ある程度短くなると分裂できなくなり、染色体が不安定になって老化してくる。ちなみに、クローン動物はテロメアが短いままだ。

つまり、細胞の老化は個体の老化と関係し、そこにテロメアが関係するという事がわかっている。ただし、精子や卵子という生殖体はテロメアの長さを維持するシステムがあり細胞分化が起こりにくくなっている。20歳の人の精子と50歳の人の精子はテロメアの長さがあまり変わらない。一方でがん細胞は逆である。この辺を追求していけば新しいがんの治療法に繋がるかもしれない。

動脈硬化が進んでくると、テロメアの長さも短くなってくる。テロメアを計るとその人の老化度がわかる。しかし、テロメラーゼという酵素がテロメアの働きを補充してくれる。この酵素の働きが良くなればテロメアが短くなりにくくなり、結果的に見た目も若くなる。

ストレス等でこのテロメラーゼの働きは弱くなる。強いストレスで髪が白くなったり、急に老けたりということが起きるが、分子レベルでいうとテロメラーゼが少なくなっているということだと思う。慢性的なストレスもテロメアを短くしてしまうことがわかっている。逆に副交感神経が活発になって、朗らかになるとテロメアは短くなりにくくなる。さらに、瞑想する事でもテロメラーゼが活発に分泌され、テロメアが短くなりづらくなる。

ゲノムに基づくアンチエイジングエビデンスを確立したい

日本抗加齢医学会の会員の皆さまに参加してもらって、我々自身のホールゲノムを解析していこうと計画している。併せて、見た目や肌年齢、皮膚の水分、筋肉、血管、神経、ホルモン、血中の物質濃度等、学会の先生方が専門で研究されているそれぞれの分野において、加齢度を評価する指標の検討も抗加齢医学会の英知を集めて再現性のあるものとして検討したい。我々のゲノムデータを組み合わせ、さらにAIなども駆使して解析していきたいので、ぜひ参加していただきたい。 加齢のデータを専門家が自分自身に対して調査をし、その精度の高いデータを元に解析をするという、医師、医療関係者がイニシエイトするゲノム研究は世界で初めてと聞いており、新たなアンチエイジングエビデンスを構築したいと考えている。

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