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2020スペシャル対談「スポーツと抗加齢医学」 スポーツ庁 鈴木大地長官 × 日本抗加齢医学会 堀江重郎理事長

2020年、東京オリンピック・パラリンピックの年を迎えました。本学会も20年目の節目の年となります。スポーツと抗加齢医学と題し、当学会の堀江重郎理事長とスポーツ庁・鈴木大地長官との特別対談の模様をお届いたします。スポーツの魅力と健康、そして医学との思わぬ接点が沸き上がって話はどんどんと展開していきます。

スポーツが健康寿命延伸の延伸に果たす役割は大きい

堀江理事長 本日は鈴木長官にスポーツと健康・医療の関係やスポーツの未来といった部分をたくさんお伺いできればと思います。よろしくお願いします。
ところで、ラグビーワールドカップ2019の盛り上がりは凄かったですね。私も日本対南アフリカ戦を観戦に行きましたが、素晴らしい感動をいただきました。今年はいよいよ東京オリンピック・パラリンピック、さらに2021年にはワールドマスターズゲームズ2021関西とスポーツの世界的なビッグイベントが目白押しですね。

鈴木長官 ラグビーワールドカップ2019や東京オリンピック・パラリンピック、ワールドマスターズゲームス2021関西はスポーツというものを広くいろいろな方々に理解していただける素晴らしい機会だと思っています。未来を背負って立つ子供たちへ夢や希望をお届けするだけでなく、すべての世代の方々にスポーツに興味をもっていただき、そして実際に体を動かすチャンスになってくれればと思います。自分自身このタイミングで今の仕事に就けるという事は本当にありがたいことだと思っています。

堀江理事長 東京オリンピック・パラリンピックは凄いことになりそうですね。

鈴木長官 お陰さまでチケットも大変な人気で、本当にスポーツ全体が盛り上がってきていることを実感しています。ラグビーワールドカップ2019や東京オリンピック・パラリンンピックでは、世界の一流のプレーが間近で見られるまたとないチャンスですし、多くの人に実際に見ていただき刺激を受けていただいて、その感動が伝わっていけばと思います。

堀江理事長 我々は画面や会場でトップアスリートを「みる」側です。一方で長官は「ささえる」側ですね。

鈴木長官 はい。私はスポーツを「する」側を引退して、これらのビックイベントを責任のある立場で「ささえる」側として関わらせていただけるのは本当に光栄な事です。「する」、「みる」、「ささえる」というそれぞれのスポーツとの関わり方があるのだと思いますが、スポーツ庁としましてはその3つのいずれも増やしていきたいと思います。

堀江理事長 さて、1964年のオリンピックの時は聖火リレーが話題になりましたね。

鈴木長官 はい。今回も日本全国で聖火リレーが行われます。2020年3月12日にギリシャで聖火採火式が行われ、3月26日の福島県から7月24日の東京都庁まで、移動日を含むと実に121日間をかけて47都道府県を回っていきます。たぶんこの時点から、一気にオリンピックムードが盛り上がっていくのではないかと思います。

堀江理事長 本当に楽しみです。こういった動きの中で、運動という側面だけでなく、社会全体の中で「スポーツの価値」は多様性があり、どんどん高まっていると思います。 鈴木長官 堀江先生のおっしゃる通り、スポーツは青少年の心身の健全な育成にいいというだけでなく、近年はビジネスとしても注目されています。今回のラグビーワールドカップ2019ではいろいろな国の方々が日本全国で飲食し、観光していただき、経済的な効果も大きかったと思いますし、また、国際交流という面でも非常に有効でした。さらに、スポーツは健康増進や健康寿命延伸のお手伝いができると思います。

高齢者スポーツ “ねんりんピック”にも注力!

堀江理事長 身体を動かして運動機能を維持していくという面で、スポーツは健康維持・増進に大きく貢献できると思います。そういった意味で、高齢者のスポーツ振興に関してはいかがでしょうか?

鈴木長官 スポーツ庁では年齢を問わず、いくつになってもスポーツを楽しんでいただけるよう、例えば、厚生労働省とは「ねんりんピック」*1を共催させていただいたり、一方で2021年に開催される「ワールドマスターズゲームズ2021関西」*2のように、もう少し若年層(概ね30歳以上)までをも含めて、競う事も楽しみながら広い年齢層でスポーツをするといった大会も後援させていただいているところです。
実はアスリートが健康イベント等に花を添える役割も担えるという事にも気が付きました。

堀江理事長 我々は日本抗加齢医学会というアンチエイジングの学会ですが、医学的あるいは科学的にスポーツをすると老化しづらくなるというエビデンスがいろいろなところから出ています。医療というと病気の人を対象とみられていますが、これからは病気にならない医学が重要になってきます。その点でもスポーツは非常に重要なコンテンツになりますね。

鈴木長官 ランセット*3の論文を読んだのですが、(2007 年の日本における非感染性疾患と傷害による成人死亡の予防可能な危険因子の報告では、)運動不足で5万人が亡くなっているとの事です。国民の皆さんがやりがいをもって楽しくスポーツをしていただけるようにいろいろと策を講じていきたいのですが、我々が直接言うと「どうせアスリートだろ」って言われてしまいます。ぜひ、堀江先生のような医師、研究者が「運動やスポーツが健康にいい」ということを、エビデンスをもって発信していただけると、信頼性が違いますので非常にありがたいです。
高齢者の転倒防止のお手伝いができるのも運動やスポーツだと思います。適度な運動やスポーツは筋力や柔軟性を維持・向上させるので、高齢時に問題になるロコモティブシンドロームやフレイルの予防にも繋がると思います

堀江理事長 私は男性ホルモンを専門としていますが、実はマラソンをやり過ぎると男性ホルモン値が下がることが最近わかってきました。月間200km 以上走るランナーは男性ホルモンが低い傾向があります。最後の競り合いの時の闘争心にマイナスになりますし、骨折しやすいというデータもあります。

鈴木長官 健康維持にはやり過ぎもよくないということですね。

堀江理事長 そういうことです。今までは、スポーツのやりすぎに対する指標がなかったのですが、男性ホルモンという1つの可能性がでてきました。シティーランナーでも走って心臓が悪くなってしまう人がいますが、調べてみると男性ホルモンが低い人が多いです。なるべくしてなった可能性があります。

鈴木長官 そういった最先端の医学の知見を教えていただけると予防にもつながりますね。ぜひ、医学とスポーツがもっともっと連携していけたらと思います。

2025年にスポーツ市場15兆円に!

堀江理事長 ところで、話は変わりますが、スポーツ市場を3倍にする目標があるとお伺いしております。その中で「スタジアム・アリーナ改革」を推進されていますね。

鈴木長官 2016年に、政府の掲げる「官民戦略プロジェクト10」の1つにスポーツの成長産業化が採用され、約5兆5,000億円(2012年時点)だった市場を、2025年には15兆円にする目標を掲げています。

その中で、スタジアム・アリーナ改革は柱の1つです。2025 年までに20か所のまちづくりや地域活性化の核となるスタジアム・アリーナの実現を目指すことが政府の「未来投資戦略2017」でも閣議決定されています。海外では街のシンボルとしてスタジアムやアリーナがあり、商業施設や高齢者居住施設、病院などを併設して、人々の往来の中心として地域の活性化にも直結します。また、スポーツ以外にもコンサートやイベントも開催でき、さらに災害の時には防災拠点にもなります。

実は30年くらい前までは、日本と欧米とではプロスポーツの経済規模はほとんど同じでした。しかしこの30年でものすごく離されてしまいました。でも、逆に言うと日本はまだまだ伸び代があるということにもなります。

Sport in lifeのススメ

堀江理事長 もうひとつ、スポーツ庁で行われている「Sport in Life」に関しても教えていただけますか?

鈴木長官 競技性の高いものだけがスポーツではなく、健康維持や仲間との交流などで行われる身体活動全てが「スポーツ」であるという考えから、例えば通勤の時にひと駅前でおりて歩くとか、ランチにちょっと遠いところまで歩いてみるなど、生活の中に自然とスポーツを取り込んでもらおうというプロジェクトです。1日8000歩ほど歩くと生活習慣病の予防になるというデータ*4もありますね。

堀江理事長 鈴木長官も13階のスポーツ庁執務室まで、階段を上られているとお伺いしました。

鈴木長官 朝、ジョギングなどが出来なかった日は13階まで階段を上ります。そうすると回りにも波及するんですね。スポーツなんて私には関係ないですっていう感じの女性職員が実は毎日13階まで階段を上っていたそうです。これには感動しました。

堀江理事長 最近、健康経営が注目されてきて、会社で仕事中にも歩くことが推奨されるといった試みが始まったり、アメリカでは企業のスタッフがGPSをつけて、毎日の運動状況を詳細に記録するようなことも行われているようです。

鈴木長官 実は今、スポーツ庁は厚生労働省と連携を強化してスポーツを通じた健康増進に取り組んでいるところですが、まさにその健康経営を推し進めている経済産業省とも連携を強めようとしています。

楽しさや面白さを通じてスポーツへの無関心層の取り込みを

堀江理事長 我々医学の世界からスポーツを見ると、どうしてもメタボリックシンドロームの予防や高血圧予防という視点になってしまいます。ぜひ、スポーツ庁から、体を動かす爽快感や楽しさを伝えていただけると嬉しいです。

鈴木長官 楽しい、面白い、好きというのが一番いいと思います。今、我々としては、スポーツに全く興味のない、無関心層をどうアプローチするかかが課題の1つです。スポーツには関心がなくても、自分の健康に興味がない人はあまりいません。ですので、健康に関することからスポーツへ取り込む働きかけも考えています。最近は、運動やスポーツをしている人の掛け金が安くなる生命保険も出てきました。そのようなスポーツにインセンティブを設ける企業や業種等にも注目して、一緒にやっていければいいと思います。

堀江理事長 話が戻るのですが、今回のラグビー日本代表のチームをみると、いろいろな国の出身者がJAPANとしてONE TEAMとして戦っていて、我々もそれを応援しました。あれが日本の未来であったらいいなあとつくづく思いました。

鈴木長官 同じようなことが、パラリンピックにも言えます。いろいろな障害をもった人が一生懸命にスポーツをする姿を、皆で応援するパラリンピックを契機に、共生社会の実現を目指しています。

パラリンピックこそ医学との協働が必要!

堀江理事長 最近知ったのですが、パラリンピックを始めたルートヴィヒ・グットマン(Ludwig Guttman)氏は背骨を専門とする外科医だったそうですね。背骨を怪我するとおしっこが自分で出せないのですが、自分で管を入れておしっこを出す方法を開発した方で、ある意味、私の大先輩です。そしてグットマン先生の元で学んだ中村裕先生が日本でパラリンピックを始められました。

鈴木長官 パラリンピックは医師の先生方のご協力なしには進まない話です。
パラリンピックへのサポートはまだまだ脆弱です。最近になってやっと日本財団がオフィスを提供してくださったり、英訳作業などの専門の方々を企業から派遣していただいたりと徐々に横のつながりで改善されつつあります。

堀江理事長 選手ご本人の精神的な面も我々では想像がつきません。

鈴木長官 後天的に障害者になった方は、まずは絶望から始まって、そのあと怒り等の感情が渦巻きます。当然ですよね。やっと、障害を受け入れて第二の人生をどうしようかといった段階で、自宅の改修も必要になるし、自分の身体のケアもままならない状態で病院を出されてしまいます。スポーツどころじゃないですね。
外国から比べると日本は圧倒的にパラリンピック選手の数が少ないです。層を増やす意味でも普及を考えても、もっともっと生活支援のところから始めないといけないと思います。

堀江理事長 私は専門が泌尿器科ということで、ダビンチを使ったロボット手術をしています。ロボット手術は機械に向かって行いますので、患者さんの横に立つ必要がありません。これなら車いすの先生でもできます。
しかし、車いすの先生はすごく少ないんです。アメリカの医者に聞いても、やはり聞いたことないと言われます。実は医療の世界でも、障害者の受け入れが十分でない可能性があります。障害を持った人こそ医師になれるという事は、すごく大事だと思います。

鈴木長官 それはいい話ですね。

堀江理事長 今日の鈴木長官のお話をお伺いして、医学の世界とスポーツの世界の皆さんと一緒に、健康の維持・増進や予防に関していろいろなことができるのではないかと思いました。本日はありがとうございました。

鈴木長官 こちらこそ、ありがとうございました。ぜひ、日本の医学(医療)を支えている皆さんとタッグが組めたらと思います。今後ともよろしくお願いいたします。

【参照】
*1)ねんりんピック
「ねんりんピック」とは、健康及び福祉に関し、積極的かつ総合的な普及啓発活動を通じて、高齢者を中心とする国民の健康の保持・増進、社会参加、生きがいの高揚等を図り、ふれあいと活力のある長寿社会の形成に寄与することを目的とする、スポーツ、文化、健康と福祉の総合的な祭典「全国健康福祉祭」の愛称。厚生省(現:厚生労働省)創立50周年を記念して昭和63(1988)年に開始されて以来、毎年開催されている。
60歳以上を中心とするゲートボールや卓球、テニスなどの各種スポーツ交流大会や美術展、音楽文化祭などの文化イベントや健康福祉機器展など、誰でも参加できるイベントが多数ある。

*2)ワールドマスターズゲームズ2021関西
ワールドマスターズゲームズ (World Masters Games) は、国際マスターズゲームズ協会 (IMGA) が4年ごとに主宰する、概ね30歳以上のスポーツ愛好者であれば誰でも参加できる生涯スポーツの国際総合競技大会で、理念は「スポーツ・フォー・ライフ(人生を豊かにするスポーツ)」。オリンピックの翌年に開催され、第1回は1985年にカナダのトロントで開催された。2021年は第10回の記念大会で、アジアで初めて日本で開催され、参加目標数は国内外5万人。

*3)THE LANCET日本特集号 日本:国民皆保険達成から50年「なぜ日本国民は健康なのか」(36P図3から)http://www.jcie.or.jp/japan/pub/pdf/1447/fulltext.pdf

*4)中之条研究より
Aoyagi Y1, Shephard RJ. Steps per day: the road to senior health?. Sports Med. 2009; 39(6): 423-38. ほか






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