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アンチエイジング・ゲノム! VOL.4

田口 淳一 Junichi Taguchi
東京ミッドタウンクリニック院長

遺伝子検査と遺伝学的検査

2011年2月の日本医学会「 医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」によると,これまで一般的に用いられてきた「遺伝子検査」の用語を次のように定義した。1)病原体遺伝子検査,2)ヒト体細胞遺伝子検査,3)ヒト遺伝学的検査:単一遺伝子疾患,多因子疾患,薬物などの効果・副作用・代謝,個人識別に関わる遺伝学的検査など,ゲノムおよびミトコンドリア内の原則的に生涯変化しない,その個体が生来的に保有する遺伝学的情報(生殖細胞系列の遺伝子解析より明らかにされる情報)を明らかにする検査,1)〜3)を総称して 「遺伝子関連検査」とする。Direct To Consumer(DTC)検査は,本来は遺伝学的検査であるが,専門家のなかには医療ではないので区別する考えをもつ意見があり,通称の遺伝子検査と述べる場合もある。本稿ではそれに準じる。

質問「直接ウェブで申し込める遺伝子検査は便利なのに,何が問題なのですか?

よく聞かれる質問として次のようなものがある。「テレビで見たのですが,がんや心筋梗塞,アルツハイマー病までカバーしている遺伝子検査が安く買えるみたいですね」,「子どもの才能がわかるのですか?」,「友人のためにプレゼントをしようと考えています」,「健康保険組合が遺伝子検査を給付してくれると良いと思います」。  

その答えに関して,日本医師会の「かかりつけ医として知っておきたい遺 伝子検査,遺伝学的検査 Q&A2016」では,「医師の診断を伴わないDTC遺伝子検査から得られる結果は,あくまで“確率の情報”です。また,検査の分析的妥当性(精度の高さ)や臨床的妥当性(結果の意味付け・解釈)は 検査会社によって大きく異なります」とあり,東京大学医科学研究所・公共政策研究分野 武藤香織教授の「遺伝子検査を買おうかどうか迷っている方 へのチェックリスト」1)では次の10項目の注意点を挙げている。  

①診断ではありません, ②会社によって答えはバラバラです,③研究が進めば,確率は変わります, ④予想外の気持ちになるかもしれません,⑤知らないでいる権利の存在を知りましょう, ⑥自分で知ろうと決めたなら,医師に頼るのはやめましょう(一般の診療所や病院は検査のアフターサービス を求める場所ではありません),⑦血縁者と共有している情報を大切に扱いましょう, ⑧強制検査・無断検査はダメ,プレゼントにも不向きです,⑨あなたのDNAやゲノムのデータの行方に関心をもちましょう,⑩子どもには,大人になって自分で選べる権利を残しましょう。

最大のDTC遺伝子検査会社, 23andMe社の挫折と再起

23andMe社は,Googleが出資し起業した遺伝子解析会社で,2007年に 心臓病,がん,アルツハイマー病などの疾患にかかるリスク,アルコール 代謝などの体質を含む254項目の唾液 検体による遺伝子検査を,ウェブやテレビを通じて大々的に宣伝し販売開始した。検査自体の価格は安く,集めたゲノムデータを薬剤開発などの研究に売って利益を得ることを目的とし非常に拡大したが,2010年6月,米国食品 医薬品局(FDA)が23andMe社にサービスが医療機器に該当すると警告し た。日本人類遺伝学会も同じく「一般 市民を対象とした遺伝子検査に関する見解」を発表した。その後,2013年11 月FDAは上記の理由で23andMe社のサービス中止命令を出した。許可されたものは祖先検査と解釈していない検 査データの提供であった。  

しかしながら,23andMe社は英国,カナダで販売継続し米国政府への働きかけを継続した。2015年2月,FDA は23andMe社にBloom症候群(アシュケナージ系ユダヤ人対象)の常染色体劣性遺伝保因者のDTC遺伝子検査を許可し,2018年にアシュケナージ系ユダヤ人対象の遺伝性乳がん卵巣がん症 候群(BRCA1/BRCA2遺伝子の3つ の遺伝子多型のみ)のDTC遺伝子検 査を許可した。  

現在では$200程度の低価格で,1) genetic health risk(成人発症疾患: 遺伝性乳がん卵巣がん症候群,セリアック病など),2)ancestry reports(祖先: 祖先の由来,ネアンデルタール人由 来の遺伝子,DNAが近似した人を全米で探すツールなど),3)wellness

reports(体質:アルコール潮紅反 応,体重など),4)carrier status reports(常染色体劣性遺伝保因者検 査:44疾患),5)traits reports(特徴:苦み知覚,えくぼ,コリアンダーの味覚など)が含まれている。  

このなかで一番批判の的になった のは,アシュケナージ系ユダヤ人対 象の遺伝性乳がん卵巣がん症候群 (BRCA1/BRCA2遺伝子の3つの遺伝子多型のみ)であったが,FDAは, このグループでは,遺伝子のこの3つの遺伝子多型は40人に1人の割合で検出され,女性では70歳までに乳がんになるリスクが85%と高率であり,この集団の遺伝学的な知識(遺伝リテラ シー)が非常に高く,検査陽性の対応も周知されているため,DTC検査でも検査を受ける機会が増える方が,集団としての健康の利益になる,と判断した。   23andMe社は200万人以上におよぶ顧客があり,その80%以上がデータを研究で使うことに同意しているため, 売り物になる莫大なゲノムデータをもっている。また,全ゲノム遺伝的性質と体重減少パターンの大きな臨床試験も計画している。これらの23andMe社の動きは今後のDTC検査のありようを示している。

DTC遺伝子検査を 受けた人の印象

DTC遺伝子検査を受けた当事者の理解と医療者への連携に関して,すでに米国からの報告がある2)。DTC遺伝子検査を受けた1,026名にインタビューしたところ,「満足」および「結果がほぼ理解できた人」は約85%であった。主治医に結果を相談した人は27%,他医師に相談した人は8%であり,65%の人は医師と相談しなかった。医師に相談した人のうち, 相談した結果に満足した人は35%,やや満足が46%,不満が18%であった。  

上記をみると,DTC遺伝子検査を受けた人は医師が思うほどには内容や結果に困惑しておらず,結果を医師に相談した場合にも,内容に興味をもってくれたら満足感が高いが,そうでない場合には満足感が低下していた。  

医師の側では遺伝学的知識の深さや,診療時間が十分に取れるかどうかということが,満足感に影響したと考えられた。

子どもの才能:ふたご研究の成果

才能と遺伝の関係に関してはふたご研究でよく取り上げられている。ふたご研究をすることで,病気や才能などに関する遺伝とその後の生活・環境の影響を調べることが可能であり,教育,医療分野にとって非常に大事な研究として大学を中心に広く行われている。  

最近の論文をいくつか解説する。  

1)数学の学習に関して8〜18歳の米国,カナダ,英国,ロシアの3,000人以上の双子と,ロシアの1,500人の一人っ子に数学の試験を行い,遺伝的要因と環境要因のどちらが数学的能力に影響を与えるかを検討した。異なる教育環境のもとでは,教育環境の要因の方が強い影響を与えたと考えられ た3)。  

2)双子や家族の研究によると,自転車競技の成績のうち,50%は遺伝的要因で50%はトレーニングなどの要因と考えられるとのこと。しかしながら, DTC検査で使用されるような遺伝子多型のうち身体能力に関係するものは 200以上知られているが,成績の2% 程度しか説明できておらず(つまりほとんど役に立たない),別の特殊な遺 伝子や遺伝子修飾が関係していると考えられた4)。  

これらより一卵性双生児という完全に同一の遺伝子のクローンであっても,遺伝的素因が学業,スポーツの成績に遺伝で関与できる割合は50%を超えず,環境,学習,練習などの要因が強いことがわかる。また,もしも200の遺伝子多型を含むDTC遺伝子検査をしても,スポーツ成績の2%程度しか予測できないことがわかる。

現在と今後の日本の DTC遺伝子検査

日本においても上記の23andMe社のような進化した形になってくると考えられる。その際に大事なポイントは次の通りである。遺伝子検査の質の公的な保証,検査の内容やアルゴリズムの透明性,医療の部分は医師のサポート体制および専門家への連携を確立すること,遺伝カウンセリングを含むサポート体制の拡充,消費者への遺伝の 教育・リテラシーの向上を目指すこと,遺伝学的データの公的データベースへの登録など公共の福祉に役に立つことなどではないかと考える。  

また全ゲノム検査時代に対応して, 優性遺伝疾患,劣性遺伝疾患保因者などを含む検査のありように関して,議論してゆくことが重要である。   遺伝子検査・遺伝学的検査と倫理問 題に関して詳しく知りたい方は,拙著 『理想の私,最高の子ども 遺伝子検査のジレンマ』を参考にしていただけると幸いです。

●文 献

1)かかりつけ医として知っておきたい遺伝子検査,遺伝学的検査Q&A  2016.https://www.pubpoli-imsut.jp/ files/files/18/0000018.pdf(2019年11月 25日アクセス)

2)van der Wouden CH, Carere DA, Maitland-van der Zee AH, et al. Consumer Perceptions of Interactions With Primary Care Providers After Direct-to-Consumer Personal Genomic Testing. Ann Intern Med. 2016;164: 513-22.

3)Tosto MG, Garon-Carrier G, Gross S, et al. The nature of the association between number line and mathematical performance: An international twin study. Br J Educ Psychol. 2019;89: 787-803.

4)Moran CN, Pitsiladis YP. Tour de France Champions born or made: where do we take the genetics of performance? J Sports Sci. 2017;35: 1411-9.

※この内容は、2020年2月発売の「アンチエイジング医学 2020年2月号(Vol.16 No.1)」に掲載されたものです。
学会誌をぜひお読みください
https://www.m-review.co.jp/magazine/detail/J0038_1601

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