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人生100年時代の活力をつくる医学マガジン

【特別企画】いのち輝く未来社会への共創

宮田 裕章先生[みやた ひろあき]
 慶應義塾大学医学部医学部医療政策・管理学教室教授
 専門はデータサイエンス,科学方法論,Value Co-Creation。データサイエンスなどの科学を駆使して社会変革に挑戦し,現実をよりよくするための貢献を軸に研究活動を行っている。

コロナ禍により世界中で大きく変わった社会のシステム

 新型コロナウイルス(以下,コロナ)は,未来の前提を変えてしまいました。2019年までわれわれが見ていた未
来の延長線上に,これから先の未来はありません。
 これに関しては多くのポイントがありますが,今日は2つ共有させていただきます。
 ひとつは,社会のシステムが世界中で大きく変わっていることです。コロナはまだ終息していせんが,死者数だけを見るとペストやスペイン風邪よりも圧倒的に少ないだろうと言われています。一方で,米国の失業者数は,リーマンショックに比べて数十倍から百倍以上,一時期は4,200 万人に及びました 1)。
 米国では,「ブラック・ライブス・マター(Black LivesMatter)」が起こりました。白人とアフリカンアメリカンでは
コロナによる死亡率が2倍以上違います。The New England Journal of Medicineには人種的な死亡率の差はないという発表がされていたのですが 2),それでもなぜ2倍以上開いたのでしょうか。
 それは健康的・社会的要因のためです。肥満や喫煙など健康リスクが高い環境で育ってしまうと,個人の力だけでそこから抜け出すことは難しく,自己責任だけで健康を捉えることはできません。そして,重症化のハイリスク者になってしまいます。コロナと診断されてから治療するまで,白人とアフリカンアメリカンでは数日以上の差があり,さらに,この状況下でも彼らはエッセンシャルワーカーとして働かざるを得ません。これらのことが積もり積もって,2倍以上の死亡率になってしまっています。
 米国は独立宣言をする時に,「奴隷制度反対」を書き込めませんでした。先述の状況を踏まえた時に,米国はそこから踏み出せていないのではないかという問いが立ったわけです。アフリカンアメリカンの権利から始めないとこの先に進めないのではないかと。こうしたBLM 運動の中で大統領も変わりましたし,おそらくこらからの未来も変わります。
 米国だけでなく,ドイツでも同じような移民の問題が根底にあり,分断が続いています。ドイツでは国家予算の非常に多くの予算を社会保障に使い,ベーシックインカムの議論も始まりました。フランスでも環境問題によって,マクロン政権は選挙で大敗しました。
 われわれは今まで経済だけを見てきましたが,経済だけではなく,命や人権,格差,教育,環境など,さまざまな軸で世界が動くということが再認識され,世界的な変化が起き始めています。

データは産業構造を変える

 今回もうひとつ痛感したことが,デジタル問題です。古くは農業革命,産業革命,そして情報革命といわれています。この情報革命はインターネットから始まり,スマートフォン,SNSと数十年続いてきていますが,今まではすべて序盤でした。そして,ここからの10年で徹底的に変わるといわれています。その前哨戦として,まずデータ駆動型社会に移行しました。
 今まで石油のような限りある資源を中心に動いていた社会が,データ中心の社会に置き換わったのです。GAFA(Google,Amazon,Facebook,Apple)の時価総額が数倍になり,これにMicrosoftを加えたわずか5社の時価総額は,東証一部上場企業すべてを足しても及びません。それほどに経済は大きく変わりつつあります。
 今回データの重要性を実感したのが「マスク」でした。今,皆さん全員がマスクをされていますが,コロナ初期は「マスクは効かない」と言われていました。WHOがマスクに効果があるとようやく言ったのは6月はじめ頃だったと思いますが,ドイツや台湾では早々に自分たちでデータを積み上げて,3月には公共交通機関でのマスクの着用を義務化し,データによってマスクの在庫管理をしていました。
 有限なものをデータで在庫管理をすれば,たとえば「持病を持っている人は1ヵ月の在庫を保証します」「そうでない人は1~2週間保証します」とすることができるので,悲劇は起こらず,満足度も高くなります。不安に思った人たちが個々で在庫確保に動くと,総量で足りているものが足りなくなります。これが日本ではマスクだけでなく,トイレットペーパーやティッシュペーパーでも起きました。日本はデータを使えない国だということが痛感されたのです。
 データは,産業構造を根本から変え始めています。最も強烈だと言われ始めているのが,中国で行われている 「Fin-Tech(フィンテック)」※1です。中国のアントグループ※2は,公共料金の支払いなどいろいろなデータを組み合わせたところ,貸したお金が返ってこなくなる確率が1/10に減ったといわれています。こうなると,銀行は苦情受付と窓口係程度の業務しか残りません。
 また,象徴的なのは「Netflix(ネットフリックス)」※3 や「アマゾン・ドット・コム」です。アマゾン・ドット・コムは,コロ ナによる巣ごもり消費で利益を3 倍に増やしています。
 これまで映画は劇場を満員にする必要があったので,皆の平均に合わせなければなりませんでした。主人公は常に白人の若者で,悪はわかりやすいほうがいい。事実,これで超大作も生まれましたが,似たような作品がどんどん生まれてしまいました。
 一方,ネットフリックスは1時間の番組に1,000 個ほどのタグがあり,視聴コードを細かく分析しながら,個別に最 適な作品を提供できます。それにより,たとえば「LGBT※4の人たちから見た世界」や「すし職人の研ぎ澄まされた感性」など,今までまったくメインストリームにあがってこなかった作品が従来の壁を破って提供されるようになりました。一定以上の質であればジャンルを超えて視聴者に刺さりますし,ビジネスとしても世界中を相手にできます。このような大きな転換が起き始めています。これからは,「“もの”を作る」から「共有する」「体験をデザインする」というところにシフトしていかないと勝てなくなるのではないでしょうか。

デジタルトランスフォーメーションの本質

 キーワードは「DX(デジタルトランスフォーメーション)」※5です。今までの「the Greatest Happiness of the Greatest
Number(最大多数の最大幸福)」から,「the Greatest Happiness of the Greatest Diversity(最大“多様”の最大幸福)」を目指す世の中に入りつつあるのではないかということです。
 象徴的だったのは,コロナの給付金一律10万円を配るのに日本では数ヵ月,1,500 億円かかったことです。ドイツやインドは数日で配り終えています。世界には,1 人ひとりの痛みに応じて,お金だけでなく適切なサービスを最適なタイミングで1 人ひとりに合わせて提供できる国が少なからずあります。

左から,宮田裕章先生,吉村洋文大阪府知事,松井一郎大阪市長

データの共有は健康の意味合いも変える?!

 1人の患者さんのデータと1万人のデータを足すと,1人のデータの時よりもよい医療を受けられますし,1万人のデータが10万人分,100万人分にもなれば,全体で貢献できることも大きく変わってきます。これからはこの共有を前提にしながら,新しい豊かさをともに考えていくということがキーワードになってくるかもしれません。
 健康の意味合いもこれから変わってくるのだろうと思います。これまでは,多くのデータが病院にしかありませんでしたので,そこだけを中心に見ていました。しかし,たとえば認知症ひとつとっても中等度以上にまで進行すると治療困難ですが,もっと手前のフレイルの段階で発見することができれば,改善の余地は十分あります。
 さらにフレイルでも,平均歩行速度が秒速0.8m以下になると死亡率が一気に上がるので,今まではここだけを見てきました。しかしながら,実際はこの段階で気づいても改善することはなかなか難しいのです。現実的には秒速1.8mくらいから死亡率は上がっていますので,ここで気づくことができれば,健やかに生きられる時間が増加するでしょう。このようなデータは,少し前まではどこにもなかったのですが,今はスマートフォンで誰でも簡単に平均歩行速度を計れて,自分で管理できます。
 健康のためといっても人は全然行動しませんが,「楽しく歩く」あるいは「生きがい,働きがいのあるなかで自然に歩いていく」ということを組み合わすことができれば,社会も変わっていくかもしれません。ポケモンGOは世界に10億人のユーザーがいます。彼らが少しずつ健康になれば,世界が変わるかもしれません。

2025大阪・関西万博が示す新しい世界とは

 大阪万博では2025 年から50年先の世界の新しい未来を提示しなければなりません。その大事なコンセプトは,50 年前にあったのではないかと思います。ひとつは「月の石」です。軍拡競争の隠れ蓑としての宇宙開発の帰結だという,冷めた見方もあります。しかし,なぜ,月の石が心に残っているのでしょうか。日本では1965 年(1970年の大阪万博の5年前)から一般の人たちも海外旅行ができるようになり,海外旅行を通じて,英国人や米国人,フランス人たちのなかに日本人がいるという概念を理解しました。そうした人たちが,月の石を見て,地球を外側から見ることができたのだと思います。
 もうひとつは「太陽の塔」です。いろいろな文献を見ると,当時は2割くらいの人しか評価せず,その重要性を受け入れていたのは一部にとどまっています。しかし,50年経った今,人々にはそのインパクトが最も強烈に残っています。岡本太郎さんの言葉を借りると,いわゆる「物資文明? 経済成長? 洒落くさい」,そんなことよりも「芸術は爆発だ!」「命の輝きこそすべてだ!」という強烈なアンチテーゼを,太陽の塔は突きつけているのです。

物の時代からデータによって多様な豊かさを求める時代に

 物質の豊かさを求める,GDPの時代は終わりました。ノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センやジョセフ・ユージン・スティグリッツもウェルビーング,つまり命の輝きが重要であると指摘しています。高度経済成長が終わり,物の時代からデータによって多様な豊かさを求める今だからこそ,岡本太郎さんの主張はとても大事ですし,われわれはこの先を考えなくてはいけません。

Human being から Human Co-beingの時代へ

 一人ひとりが輝くということはとても大事ですが,ひとりだけご機嫌でも世界は続きません。
 コロナ問題に関して,メルケル首相はスピーチで「1人が1.3人に移すとドイツは2ヵ月で崩壊する。1.2 人だと6ヵ月持つ。1を切れば未来が開ける」と言いました。これはあらゆるものに共通しています。われわれが何を食べ,どんな仕事をし,どこに遊びに行くこれらはすべて世界とつながっています。
 単に個別で輝くのではなく,皆がつながりながら「いのち」が輝くということがこれから必要ではないでしょうか。われわれはこれを「Human Co-being」と呼び始めています。
 SDGsの考えはとてもリスペクトしています。これは緒方貞子さんがアマルティア・セン※6と一緒に考えた概念が源流となっています。自分たちが救った難民が,その救った命でまた虐殺を繰り返すという挫折のなかで,それでも命から始めようと考えた概念です。宗教が違ったとしても,理念が違ったとしても,命から始めるということだけは世界共通になるだろうと考え,ここで立ち上がった概念からSDGsが作られていきました(表)

 今回のコロナで改めて明らかになったことは,命を消さないだけでは這いあがれないということです。灯を消さないだけではなく,一人ひとりが輝くその先を信じることができるができるかどうか。ここを目指していくことが必要ですし,2025大阪万博では,SDGsの先を提示できるとすれば,「いのちの輝き」を示していくことではないかなと考えています。
 経済があって,一人ひとりがそのなかで歯車のようにはまって生きていくという産業時代が何百年も続いてきま
した。これからは,一人ひとりが自分の輝きを信じて,響き合いながら社会を作り,そしてその光をお互いが感じて前向きに生きていくことができると信じています。
 Human Co-beingがあるだけではなく,つながりながらともに「いのち輝く」新しい世界を大阪が世界に向かって提示していくことができれば,大阪万博の意義がさらに高まるとともに,大阪もこの先輝いていくことができるのではないかと思います。私自身も少しでも皆様に貢献できればと考えています。

【注釈】

※1 Fin-Tech:金融(Finance)と技術(Technology)を組み合わせた造語で,金融サービスと情報技術を結びつけたさまざまな革新的な動きのこと。
※2 アントグループ:中国のアリババグループの金融関連会社。世界最大のモバイルとオンライン決済プラットフォームAlipay(アリペイ),MMFの余額宝
(ユエバオ),信用評価システムの芝麻信用を運営している。
※3 Netflix:米国のオンラインDVDレンタルおよび定額制動画配信サービス運営会社。米国合衆国の主要なIT企業。
※4 LGBT:L(レズビアン),G(ゲイ),B(バイセクシュアル),T(トランスジェンダー:生まれたときの生物学的・社会的性別とは一致しない,または囚われない生き方を選ぶ人)の頭文字をとったもので,性的少数者(セクシュアルマイノリティ)の総称の一つ。
※5 DX(デジタルトランスフォーメーション):「ITの浸透が,人々の生活をあらゆる面でよりよい方向に変化させる」という概念。
※6 アマルティア・セン:ハーバード大学教授。インドの経済学者,哲学者。アジア初のノーベル経済学賞受賞者(1998年)。

【文献】

1) The New York Ti mes. Jobless Claims Surpass 16 Mill ion ; Aid Package Stalls in Senate The virus is sickening workers atchicken and beef processing plants, and 799 New Yorkers were killed ̶ a singl e – day record for the state. Published April 9, 2020 Updated April 10, 2020.
https://www.nytimes.com/2020/04/09/us/coronavirus-us-news.html
2) Merlin Chowkwanyun, Adolph L Reed Jr. Racial Health Disparities and Covid-19-Caution and Context. N Engl J Med.⦆2020 ; 383 : 201-3.

【宮田裕章先生】

■経歴

2003年
東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了。同分野保健学博士(論文)
早稲田大学人間科学学術院助手,東京大学大学院医学系研究科医療品質評価学講座助教
2009年4月
東京大学大学院医学系研究科医療品質評価学講座准教授
2014年4月
同教授(2015年5月より非常勤)
2015年5月
慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室教授(現在)
2020年12月
大阪大学 招へい教授(現在)

■社会的活動

2025日本万国博覧会テーマ事業プロデューサー
 担当テーマ:「いのちを響き合わせる」
 個性あるいのちといのちを響き合わせ,「共鳴するいのち」をともに体験するなかで,一人ひとりが輝くことのできる世界の模式図を描く。
大阪うめきた2期アドバイザー
厚生労働省 保健医療2035策定懇談会構成員
厚生労働省 データヘルス改革推進本部アドバイザリーボードメンバー
The Commons Project 評議員,日本代表
など


※この内容は、2021年2月発行の「アンチエイジング医学 2021年2月号(Vol.17No.1)」に掲載された「特別企画 いのち輝く未来社会への共創」です。
https://www.m-review.co.jp/magazine/detail/J0038_1701
なお、日本抗加齢医学会会員の方には、学会誌(年6回発行)を全てお届けしております。


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