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”ブルーゾーン” イタリアサルデーニャ島に学ぶ、アンチエイジングと長寿研究

 世界で初めて110歳まで生きた男性、アントニオ・トッデ氏は、イタリア・サルデーニャ島のティアナという村に住んでいた。
 2000年代初頭、サッサリ大学医学部で人口統計学者でもあるジョバンニ・ぺス教授は、サルデーニャ島山間部中部のいくつかの村の死亡率が非常に低く、平均寿命が非常に高いことを発見した。
 ぺス教授が地図上で各コミュニティの場所に印を付けているうちに、青い印
の集合体ができた。ぺス教授はその地域を「ブルーゾーン」と名付けた。世界の 「ブルーゾーン」の始まりである。
 2022年2月の沖縄県大宜味村に続き、サルデーニャ島の長寿にいついて研究者であるぺス教授らと議論し、セウロを視察したことを報告します。

サルデーニャ・ブルーゾーン会議 -イタリアと日本におけるアンチエイジング-

日時 : 2025年4月30日 10:00~13:00 場所 : セウロ村ホール
《会議プログラム》
●ブルーゾーン研究20年:科学的根拠と批判的検証
ジョバンニ・ペス 教授(サッサリ大学 医学・外科学・薬学部)
●セウロの住民コホートにおける腸内細菌叢の包括的解析
セルジオ・ウッヅァ 教授(サッサリ大学 微生物学部)
●京丹後の長寿研究から見たマイクロバイオータ-腸-脳軸の新知見
内藤 裕二 教授(京都府立医科大学)
●文化を超えたエピジェネティック・クロック:サルデーニャと京都・丹後からの地域特異性と新しいバイオマーカー
山田 秀和 教授(近畿大学)

ぺス教授の講演「ブルーゾーン研究20年の医学的検証とその批判的考察」は、遺伝、エピジェネティクス、食生活、脂質代謝、腸内環境、身体活動など多面的な要素が長寿に複合的に関与していることが紹介された。

遺伝よりも環境が鍵:
長寿における遺伝的要因の限界と性差の消失

 まず、ブルーゾーンにおける長寿の遺伝的基盤について、親の年齢や家系的な要素が寿命に与える影響は非常に限定的であることが、人口統計学と遺伝子多型の解析から示されている。過去のACCA研究や、世界中で報告されている長寿関連のゲノム多型11種類をサルデーニャ島住民に適用した結果、長寿者と非長寿者の間で統計的有意差は見られなかった。これは、他のブルーゾーン(例:沖
縄)とは異なり、この地域では遺伝よりも環境因子の影響が大きい可能性を示唆している。
 特に注目されるのは、サルデーニャ島では男性と女性の長寿率がほぼ等しいという点である。一般的に女性の方が男性よりも長寿であるが、この地域ではその“性差”が存在しない。この現象の背景を探るため、DNAのメチル化パターンをもとにした「エピジェネティック・クロック」を用いて生物学的年齢を評価した。代表的なGrimAgeクロックは実年齢との差が30年にもおよび、PhenoAgeなど他のクロックも活用したが、男女差がないことを十分に説明できる指標は得られなかった。現時点では、性差のない長寿の背景にある生物学的要因を正確に捉える手法は確立されていない。

伝統的食文化の中に見る長寿の鍵:
乳製品と植物性中心の食生活

 食生活においては、豆類や全粒粉パン(発酵種を用いたサワードウ)、ジャガイモなどの植物性食品が主であり、肉の摂取量は少なめである一方、乳製品の消費は比較的多い。これは、住民の多くが家畜飼育に従事していた歴史的背景によるものである。また、魚の消費量が少ないのは、内陸部の地理的制約により流通が難しかったためと考えられている。

脂質と腸内代謝の特異性:
CLAと奇数鎖脂肪酸の長寿関連仮説

 血中脂質の研究では、総コレステロールおよびLDLコレステロールが中等度に高い個体(201~250mg/dL程度)の方が生存率が高いという、いわゆる「コレステロール・パラドックス」が確認された。さらに、脂肪酸のプロファイル
にも顕著な特徴があり、特に共役リノール酸(CLA)や奇数鎖脂肪酸(C15:0およびC17:0)の濃度が高く、これらはブルーゾーン外の住民には見られない傾向だった。奇数鎖脂肪酸は食事からの摂取では説明できず、腸内細菌や代謝経路(例:α酸化)に起因する可能性が高いと考えられている。

ジョバンニ・ペス教授(サッサリ大学 医学・外科学・薬学部)/左

CLAについては、長寿関連のサーチュイン1(SIRT1)タンパク質と高い親和性を持つことが分子ドッキング解析により示されており、レスベラトロールやカロリー制限と同様の抗加齢作用を持つ可能性がある。この仮説が実証され
れば、CLAが長寿を促進する新たな内因性分子として注目されることになる。

地形と職業が支える高齢期の身体活動

 また、サルデーニャ島の地形は丘陵が多く、主な職業が畜産業であったことから、日常生活における身体活動量が非常に高い。実際、加速度計を用いた測定では、90歳以上の住民の約40%が、健康維持に必要とされる基準(3METs以上)の身体活動を日常的に行っており、これは高齢者としては世界的に見ても非常に高い数値である。

サルデーニャ島の長寿モデルの意義

 ペス教授は、ブルーゾーンの科学的妥当性に対する一部の批判に対し、年齢検証の徹底と確かな統計データをもとに、サルデーニャ島の長寿の特異性は確かなものであると強調した。8000人の村においてこれまでに34人の百寿者
が存在する事例など、明確な根拠が提示されている。このように、サルデーニャ島のブルーゾーンは、遺伝的要因だけでなく、食事、代謝、腸内環境、身体活動、社会構造といった複数の因子が有機的に組み合わさって形成された「環
境的長寿モデル」として示唆を与えている。

セルジオ・ウッヅァ教授が紹介した「Epigenalsプロジェクト」は、セウロを舞台にした腸内環境とエピジェネティクスの統合研究

 サルデーニャ島の長寿地域・セウロを対象に、腸内マイクロバイオータ(腸内細菌叢)とエピジェネティクス(後天的な遺伝子制御)の関連性を包括的に探る試みである。微生物の種類にとどまらず、その「機能的な働き」や宿主(人体)との相互作用を明らかにすることを目的とし、微生物学者・医師・バイオインフォマティシャンなど多分野の専門家が連携。血液・便・食事・生活習慣・医療情報などを200人超の住民から収集し、機能解明に重点を置いた大規模な調査を進行中である。

セルジオ・ウッヅァ教授(サッサリ大学 微生物学部)

メタプロテオミクスによる機能解析と腸内細菌・老化・炎症の関連性の示唆

 特に注目すべきは、腸内細菌が産生するタンパク質を直接解析する「メタプロテオミクス」の導入である。これにより腸内細菌の“何をしているか”=機能が可視化され、単なる存在だけでなく、生理的影響の理解が深まる。また、エピジェネティック・クロックや炎症関連マーカーとの関連解析により、特定の腸内細菌群が老化の進行や慢性炎症と関係する可能性が浮かび上がった。加えて、便サンプルの保存技術の標準化も進められ、国際的な研究基盤の構築にも寄与している。現在は予備的段階だが、今後の詳細解析や縦断研究によって、腸内環境と健康長寿のメカニズムがさらに明らかになると期待されている。
 サルデーニャの研究をお聞きして驚いたことは、百寿者の割合に性差がないことであり、日本の京丹後における百寿者では女性が90%であることを考えると非常に興味深い点であった。

内藤裕二理事

 内藤理事からは、「京丹後の長寿研究から見たマイクロバイオータ-腸-脳軸の新知見」 として、日本における認知関連疾患による死亡率が増加していて、健康長寿を妨げる重要な要因になっていることを示し、京丹後長寿研究からMMSEデータの解析からみた成績を紹介した。MMSEの低下には年齢の要因が大きく寄与するが、腸内細菌叢解析からMMSEの低下とBifidobacterium属の占有率低下に正の相関があることを示した。さらに日本人の腸内のBifidobacterium属の占有率に影響する食・栄養因子を調査した結果、牛乳摂取との間に正の相関があることを紹介した。ヒトの常在Bifidobacteriumは、脳機能に影響する芳香族乳酸を産生することを紹介し、Bifidobacterium longum BB536による,ヒト臨床介入試験により芳香族乳酸の増加と労働生産性の改善が相関することなども紹介した。

山田秀和理事

山田前理事長(現理事)は、「文化を超えたエピジェネティック・クロック:サルデーニャと京都・丹後からの地域特異性と新しいバイオマーカー」 として、EpigeneticClockを中心に、抗加齢医学における生物学的年齢測定の意義、測定法に関するこれまでの歴史、問題点などを紹介した。また、サルデーニャ島と京都・丹後の長寿地域を比較し、文化・社会的つながりがエピジェネティック・クロックに与える影響について探った。
 身体活動や食事、精神的安定に加え、社会的・文化的要因がDNAメチル化に分子的痕跡を残すことが示される。とくに京丹後長寿コホートにおける生物学的年齢の測定も開始されていることや、日本人向けの新たな老化時計やEpiScoreを活用し、生活・環境・文化を含めた「健康資本」の定量化を目指していることを紹介した。老化研究は分子から文化へと拡張しつつある。


セウロを視察して

医療の提供

基本的な医療サービスを提供する「外来診療所」があるが、慢性疾患の管理や軽度な医療ケアは、かかりつけ医が担う。 高度な医療や専門的な治療が必要な場合は、近隣の都市にある大規模な病院を利用する必要がある。高齢者ケアについては、多くの家庭では、祖父母・親・子の3世代が同居しており、介護は主に家族によって担われている。家族第一の価値観があるため、「老い」=「知恵と経験の象徴」と捉えられ、高齢者は「家の宝」とされる文化的価値観が残っている。制度に頼らず、文化・生活様式・人間関係によって支えられている点で、日本や北欧諸国の公的介護制度とは大きく異なっている。

視察の長寿村セウロ/会議にはセウロ首長と日本のアニメが大好きな娘さんも参加


食生活

 全粒粉パンは、発酵用のサワー種、酵母とこの土地固有の乳酸菌が含まれているパン(サワードウ)。その酵母と乳酸菌から二酸化炭素が発生してパンが膨らむ。また、乳酸菌には糖質を分解して乳酸を作る働きもある。特に豆類を多く消費している。またジャガイモの消費が多く、 内陸のためか魚の消費は少ない。
 乳製品は、山羊、羊のチーズやミルクは一般的であり、肉類は控えめ。

地元の全粒粉パン
牧畜が主体の丘陵地/地元の食材を調理し食事を楽しむ
朝早くからにこやかにおいしい料理を提 供してくれたモニカさん。
持っている大きなボールには、ひよこ豆の煮料理。


身体活動

 自立度の高い高齢者が多い。昔から牧畜で生計を立て、ぶどうやオリーブを育てるという丘陵地での生活や日常的な身体活動が習慣化されており、90代でも日常生活を自分でこなす人が多い。

友達と語らう

夕方になると、男性は通りに集まりおしゃべりタイムは日課我々にも楽しい食事をするようにすすめられて、食事と自家製ワインを提供してくれた。

雑談する村の男性/樹齢2000年のオリーブの木


長寿を祝う

100歳を迎えた住民の写真が、街中の家の壁に貼られており、祝福されている。

家の壁面に写真が


雑談する村の男性91歳のジョバンニ氏のコメント

 セウロの村を案内してくれた91歳のジョバン二氏に、長寿の秘訣を聞いてみた。
 「今は娘の家族と同居をしている。特別なことをしているつもりはないが生活をしていてストレスがないこと!が一番かな。周りに家族や仲間がいる。よく出かける(歩く)。そして少しのワインかな(ワインは畑で自家製)」
と答えが返ってきた。

91歳のジョバンニ氏
91歳のジョバンニ氏のブドウ畑。
今でも自家製ワインのブドウははここで作られている。

研究上の「長寿地域」とは

ぺス教授のインタビューからは、「ブルーゾーン(Blue Zones/世界の長寿な地域) 」について、以下のような定義や条件があることがわかった。単に高齢者が多い地域(高齢化率が高い)という意味ではなく、以下のような条件を満たす地域が対象とされる。

  1. 健康寿命が長い地域
    • 単に長生きしているだけでなく、病気や障害を抱えずに元気に暮らしている高齢者が多い。
    • 平均寿命だけでなく、「健康寿命」や「要介護率の低さ」が重視される。
  2. 100歳以上の割合(人口比)が統計的に高い
    • 100歳以上の高齢者の人口比(centenarian rate)が全国平均を大きく上回っている。
    • かつ、その人たちが元気に日常生活を送っている(自立している)ことが確認されている。
  3. 地域全体の生活習慣や社会的つながりが影響
    • 食事、運動、睡眠、家族関係、地域コミュニティなどが健康的で、長寿を支える文化や生活習慣が根付いている。
    • たとえば、食生活が自然食中心であること、日常的な身体活動が多いこと、人とのつながりが強いなど。
  4. 疫学的研究によって裏付けがある
    • 実際の疫学調査や追跡調査に基づいて、死亡率・疾患罹患率・生活の質(QOL)などが統計的に良好であることが示されている。

代表的な世界の「長寿地域」:ブルーゾーン

沖縄(日本)
豊富な野菜・豆中心の食事、地域の絆、運動習慣

サルデーニャ島(イタリア)
牧畜による日常運動、家族・地域との結びつき

ロマリンダ(アメリカ)
ベジタリアン中心の食事、宗教的な共同体生活

ニコヤ半島(コスタリカ)
豆類中心の食事、明確な「生きがい」意識

イカリア島(ギリシャ)
地中海食、昼寝、ストレスの少ない生活

視察の翌日、 セウロ首長のSNSにて

 今回のサルデーニャ島の視察は、「ぺス教授に会いたい!」と今年の年明けメールで連絡すると、すぐに、「5月のはじめにイタリアで会いましょう」とお返事をいただき、決まったが、その後、ペス教授が体調を崩され実現できるか危ぶまれた。現地集合、現地解散という形で実施したが、山田秀和前理事長、内藤裕二理事、山田静雄先生、加藤雪彦先生など、沖縄に続き参加した。

 集合後すぐに〇〇は何時から?と質問する我々にコーディネーターのアンドレアは、「サルデーニャに来た時ぐらいは、サルデーニャタイムで行きましょう」と時間に縛られない過ごし方をするようアドバイスはとてもありがたかった。陽が昇り、鳥のさえずりで目覚め、澄んだ空気、森林浴の散歩、地元の食材を食べたい調理法で提供される朝食。3日間と短い滞在ではあったが、サルデーニャ島の長寿の秘密、食事(地中海の島でありながら、地中海食ではない)や身体活動(牧畜、農業)だけでなく、そこにあるのは、家族や地域の「人のつながり」高齢になっても働く、楽しみなど「いきがいを持っている」を感じることができた。この点については、ブルーゾーン沖縄大宜味村に通じていると思った。

 会員の皆様におかれましては、次回のブルーゾーン会議、視察にご関心があれば学会事務局までご連絡ください。

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